ブルックリン美術館事件

 中途半端で終えた一昨日の日記の続きです。

 他人のふんどしで相撲をとるようなことですが、奥平康弘「“自由”と不連続関係に在る文化と“自由”と折り合いをつけることが求められる文化」『憲法の想像力』(日本評論社、2003年)142−177ページ(以下、「奥平論文」という。)を読んでまとめようかと…。

 判決原文ですか?

(´・ω・`)エイゴヨメナイノ・・・




 奥平論文では、アメリカにおけるブルックリン美術館事件、ホイットニー美術館事件、日本の天皇コラージュ事件の3つの事件を取り上げられています。また、ブルックリン美術館事件に限定するといっても、問題となった作品で今日取り上げるのは、クリス・オフィリの『聖なる処女マリア』*1のみとします。別に作品を限定しなくてもいいのですが…。

 というわけで、まず、事件の経過をまとめますと、次のようになるでしょうか(^^;。

1997年 イギリスの王立美術館にて「センセイション展」*2――サーチ・コレクション*3のなかのイギリス若手美術家たちの作品群」初公開(オフィリの上記作品も出品)
1998年 オフィリ、ターナー賞受賞*4*5
1998年?月〜1999年4月 ブルックリン美術館(以下、「美術館」という。)、ニューヨーク市当局との事前交渉(特に苦情なし)
1999年9月22日 市側、オフィリの作品などを理由に開催の全面中止勧告、従わなければ公金支出打ち切り(月額9万7554ドルの美術館運営費)との通告
        美術館側、未成年者の成年者との同伴義務・入場料徴収を決定
1999年9月23日 市長、美術館側の上記方針が契約違反であるとの理由で、土地建物等の貸借契約その他を一切破棄する旨を予告
1999年9月28日 美術館側、合衆国公民権法でいう憲法上保障された権利侵害を理由として、市の不利益措置の差し止めを求め、合衆国地方裁判所に出訴
1999年9月30日 市側、契約違反を理由に、土地建物からの立ち退き請求をする州法上の裁判を起こす
1999年10月2日 ブルックリン美術館「センセイション展」開幕(〜2000年1月9日)
1999年11月1日 合衆国地方裁判所、美術館側の主張をほぼ認めた暫定的差止め命令を発する(その後、市側が控訴)
2000年1月9日 「センセイション展」閉幕(暫定推定18万人と現代物としては本美術館の過去最多の観客)
2000年3月27日 両者の和解(美術館側の実質的勝利)

 なんとなく、流れはつかめたでしょうか…。

 で、いつものように、さらに手を抜くわけですが…。まずは、奥平論文の記述で興味を持ったところを、私が項目立てしつつ紹介。巧みに書かれているものを、不用意にぶつ切りにして流れ悪くしてしまいますが…。(´・ω・`)

1.ジュリアーニ市長*6(当時)の意図と帰結・評価
 (1)「市長が本件展覧会『センセイション』開催反対理由としてあげたのは、まずC・オフィリの『聖なる処女マリア』である。この、ケニア出身の画家の描くマリア像では、一方の乳房に象の糞を素材に用いており、その背景にはでん部や助成記の写真小片がちりばめられているという構図の、いってみれば独特にアフリカ調が強くうかがわれる作品である。ジュリアーニ市長は、この作品をつかまえて「私を不快にする」「むかつく」と酷評し」た。*7
 (2)「かれは、共和党候補者としてニューヨーク選出の合衆国上院議員の椅子を、民主党候補者・クリントン大統領夫人ヒラリーと張り合いつつあったのであって、『センセイション』問題は、かれにとってはまぎれもなく、上院選挙運動の重要な一環にほかならなかった。カトリック教徒はもちろんのこと、宗教的信念に訴えれば票数稼ぎになれそうな市民層向けキャンペーンであるという側面があった。」*8
 (4)「ニューヨーク市議会はこうした市当局の強硬措置にむしろ批判的であったのは、注目に値するであろう。」*9
 (5)「この騒動があった以前からジュリアーニという人物は、なぜか文化人・知識人の層において評判が悪い。」*10

2.ブルックリン美術館側の対応とそれに対する支持
 (1)「紛争発生の当初は、ブルックリン美術館、なかんずくその理事会内部では、市当局とことを構えることのを避けて、条件闘争をおこないつつ妥協するほうとを探るべしとする線が強かった。が、結局は、これは表現の自由という憲法にかかわる原則の問題であるから、そういうものとして市当局と対決すべきであるという立場に大方は収斂していった。」*11
 (2)「ニューヨーク市からの補助金を重要財源とする文化施設から成る「文化制度グループ」33団体のうち、22がブルックリン美術館を支持する意思表明に加わった…。このグループのなかの有力メンバーであるカーネギー・ホールは署名に加わらなかった。このことがむしろ、「なぜか」という形で問題視されたのは、事態の雰囲気を伝えていた興味深いものがある。」*12

3.開幕中
 「あれだけ話題を集めあれだけ人びとを興奮させ大議論したにもかかわらず、いざ開幕してみたら、混乱といえるようなものは全然見られなかった」*13

4.救済法の存在
 〔市民権法が、「合衆国憲法および法律で保障されている権利が州権力により侵害されたばあいには、誰でも合衆国裁判所に出訴して、その救済(損害賠償、差し止め等衡平法上の救済その他)をもとめることができる仕組みになっている」こともあり*14〕「美術館側は、ただ端的に被告(ニューヨーク市当局)が自分たちの「表現の自由」という憲法上の権利を侵害したということを争点として主張することになる。美術館は、自分たちがどんな資格で、どんな意味での「表現の自由」を持つかという、権利侵害主張の前提となる諸議論をこと細かくおこなうひつようはない。」(同165−166ページ)

 ここに引用したところから感じたことは…、「奥平先生のおっしゃっているとおりです。」と、長谷部恭男『Interactive憲法 (法学教室Library)』(有斐閣、2007年)第三章にでてくるD君のようになってしまうので*15、若干コメントを。

 まず、1.について言えば、どこかの国の首都の知事も、こんな感じなのかなと思ってしまいますが、そのほかにも、支持率アップのためであるとか、自分の感性に従ってとかそういう理由で、芸術領域について、ある作品を優遇したり、不利益になるよう圧力書けたりする人いるんだなあと。それに対して、特に当該選挙区の有権者、それ以外の人々がどのように活動すべきなのか?

 次に、2.について言えば、補助金を貰っていても、それが理由で、政治家の(さらには一般人の?)圧力に屈することなく、自主的に運営すべきなのかなと。ちょっと極端かもしれないけれど…。それくらいのプロ根性を持って欲しいなあと…*16

 3.についていうと、見たい人は静かにマナー守って見に行くんですよと。一部の反対勢力が騒ぐかもしれないけれど。きちんと警備すれば、阻止できるんだと…。コストかかるだろうけれど…。簡単に言えばそんな感じ。

 4.については、注で書いたわけで・・・。(´・ω・`)

 4月14日の日記からすれば、同じ映画館の問題、例えば“民事介入暴力”で取り上げられているものとか、取り上げたほうが良かったかもしれませんが、意識が別のほうに行ってしまったんですよね。4月14日で取り上げたものは、いわゆる民対民の問題ではなかったわけで…。

 次回もその方向で・・・。何を取り上げるかは、想像付きますよね…。奥平論文でも取り上げられていたものとか…。



 あと、最後に蛇足。

 より専門的な話(?)になりますが、ヴューポイントとかエンドースメントなんて英語が出ていますが…。

 合衆国地方裁判所が暫定的差止め命令を認めた理由を、奥平論文から、判決文読んでいないにもかかわらず、順序を入れ替えつつ紹介。

(1)裁判所としては、「一般経費で賄われてきている美術館が、特定の観点を持ち出していると見られる展示作品ゆえに、補助金交付打ち切り・私有建物からの立ち退き等によるお仕置きで懲罰を受けるのは、やむをえないとみるかどうか」*17から判断する。
(2)〔「宗教感情を傷つけ「むかつかせる」ような内容の作品の公開のために、市民の税金から成る公金を支出するわけにはゆかないという」市当局の〕「立場は、表現物を特定の観点(viewpoint)において評価し差別視するものであって、表現の内容規制とおなじように、表現の自由に対する深刻な侵害になる態のものである」*18
(3)「公権力というものは直接的には憲法上やっていけないことでも、間接的な方法でやるのでは方法でやってもいいのだというようなことは言えない…。〔つまり〕補助金打ち切りとか不動産貸与契約の破棄とかいう――間接的な――方法によりさえすれば、公権力は表現の自由を制限することができるのだというのでは、憲法表現の自由を保障している意味がなくなるのではないか、という趣旨を裁判所は言っているのである。」*19
(4)〔この作品が反宗教的・宗教侮辱的な作品ゆえに公開を許すことは、「政教分離の原則」を侵すかどうかについて言えば〕「公権力が宗教上あるいは反宗教上のあと押し(支持、endorcement)をしているどうかの評価は、「客観的な観察者」の目を以ってするほかないが、ある者からみて申請冒瀆と感ぜられる特定の作品を美術館が展示することは、これによって公権力が反宗教的な観点を支持していることになるなどと、客観的な観察者が結論しうるはずがない。現に、美術館は聖処女マリアを誉めたたえる宗教画の類をたくさん収蔵しているが、だからといってこれは「政教分離の原則」に反すると、誰も目くじら立てていないではないか。

*1:奥平論文の訳そのままです。入力するのが恥ずかしい><。この絵は、ネットで探すと、“こちら”などで見られます。現物を見ないと良くわかりませんけれど…。

*2:しが研注:ウィキペディアですと、

*3:しが研注:ウィキペディアですと、

*4:しが研注:ウィキペディアですと、

*5:“別のHP”によると最終審査は12月1日だったらしい。

*6:彼についても、ウィキペディア“ルドルフ・ジュリアーニ”の項参照

*7:奥平論文157ページ

*8:同158ページ)
 (3)「ジュリアーニ市長からみれば、この作品は反カトリック的であるがゆえに「むかつく」のであるが、じつをいえば、これを作ったオフィリもまたカトリック教徒なのであって、この作品にはなんの神聖冒瀆・反カトリック的な意味合いを込めていないのだ、と抗弁する。象の糞を使ったのが侮辱的証拠だという批判に対しても、オフィリ氏の出身地アフリカのある地域では、民俗宗教のうえで象の糞は豊穣神のシンボルとしてむしろ神聖視され、かかるものとして象徴的に用いられてさえいるという話もある…。(改行)作品の美醜をめぐる美学的な価値判断というものは、なかなか微妙なものがある。そうだから、公金を扱う権力者は極力この判断世界に入るのを避けねばならないということになるのだが、ジュリアーニ市長はそうは考えなかったのである。」((同158−159ページ

*9:同159ページ

*10:同169ページ

*11:同162ページ

*12:同161−162ページ

*13:同173ページ

*14:同165ページ。しが研注:「こともあり」とぼかしました。日本だったら、まず法律がないとだめだし、法律があってもその要件をしぼって、「門前払い」にしてしまう「イメージ」があるので…(と、今日も逃げておく…。)。

*15:19−20ページ。法律の本や論文は、エラい先生が書いているから、それを読むと、「なるほど」と思ってしまうし、それと対立する説のものを読むと「なるほど」と思い、結局、何が妥当であるかわからなくなる、ということ。

*16:なお、私は、他人に強く、自分には弱く…(´・ω・`)

*17:奥平論文167ページ

*18:同167ページ

*19:同167ページ。