木村草太『憲法の急所』第8問に対する「素朴な感想」
前エントリーを放置して5ヵ月半。
おととい夜、twitterでつぼやいたこと*1を、もう少し説明します。
木村草太『憲法の急所―権利論を組み立てる』(羽鳥書店、2011年)第8問に対する「素朴な感想」です*2。
0.社交辞令
本題に入る前に、著書について褒めないといけないのでしょうが、長くなるので、省略。
一言言うとすると、「木村本は小山本・宍戸本に続いて、ロー生に一大ブームを引き起こす予感。」*3ということですし、ロー生以外にもタメになる本*4だと思います…*5。
1.本題に入る前に
もう1つ、本題からハズレますが、「誤植」について。
7月25日、2度目の正誤表が、羽島書店HP*6(及び著者ブログ*7)に掲載されましたが、まだ「誤植」があるようです。
ツイッターにも書きましたが、新たに見つけたものが2つ*8。
P.185、下から10行目:「なければならなない」⇒「なければならない」では?
P.299、1行目:「憲法25条1項項」⇒「憲法25条1項」では?
アクセス数の少ない私の数少ない読者の方で、木村草太先生と面識のある方は、ご連絡のほどよろしくお願いします。m(_ _)m (あ、自分でトラックバック飛ばせば良いのか!)
2.素朴な感想・その1
では、本題。おおきく4つ、項目を分けて書きます。
まずは、軽いジャブ。著書273頁から引用。
Y市福祉事務所は、Xの資産状況や扶養を引き受けてくれる親戚がいないことを考慮し、生活扶助・住宅扶助を行うことを決定した(生活保護法11条1号・3号)。生活扶助については、食費などの個人的費用(第一類費)と世帯共通経費(第二類費)が区別され、居住地の物価等を考慮した「級地」・年齢ごとにそれぞれ基準額が定められている。Y市は、「2級地−1」に区分されており、2011年における基準額(月額)は、生活扶助の第一類費が36,650円・第二類費が39,250円とされていた。また、Xの住む地域の住宅扶助の基準は31,000円とされていた。この基準を前提に、Y市福祉事務所は、Xに対し月額107,170円の生活保護を行う事を決定した。
(a)まず、生活扶助が、第一類費と第二類費に分かれていることを知らなかった人もいるのではないか。実は私も「あれ?そうだったっけ?」と…。(´・ω・`)
(b)次に、生活扶助については、これらが合算されること、更に、本件では住宅扶助も行われるため、これら3つの基準から、結局(36,650+39,250+31,000の合計額である)107,170円の生活保護が行われることになったわけだけれど、このような「足し算」になる説明が欲しかった…です。
要するに、3つの基準の話と(3つの基準額がそのまま合算されるとは限らない)「保護費」は次元が違うわけで、「それぞれ基準額」「この基準を前提に」だけではワカリニクイのではないかなと思いました。
ただ、こういう説明がないにしても、これをテキストに用いるのであれば、その先生方が、当然、補充説明してくださるのでしょう…。(以下での「説明が欲しい」というのもそうなのですが…。)
3.素朴な感想・その2
次は、274頁からの引用。
……本件生活扶助・住宅扶助基準の月額は、最低限の衣食住に必要かつ十分な経費に、10,000円程度を加えた額として評価できることを前提に回答しなさい。
答案を書く際に前提にしなければならないので、前提を疑う必要はないのですが、あえて3点。
(c)この箇所を最初読んだ瞬間、「『最小限の衣食住に必要かつ十分な経費に』上乗せした額を支給してもいいの?」と思いました。
これは、私が、たとえば、「現行の水準均衡方式は、政府経済見通しの民間最終消費支出の伸びを基礎とし、一般的消費水準の6割程度を最低生活費の目安としている」*9というような文章しか目にしていなかったからかもしれません。
いずれにせよ、(原告の主張にも著しく不利な解釈ですが)「最小限の衣食住に必要かつ十分な経費」と、参照条文として掲載されている生活保護法の文言(「最低限度の生活を保障する」「最低限度の生活の需要を満たす」「最低限度の生活を維持する」ための経費)とを同一視してしまったわけです…(「8条2項違反!」)。最初、この箇所を読んだ段階では…。
(d)上記引用文は「答案を書く際の前提」にしなければならないとするけれど、各主張においても、前提にする必要があるのでしょうか?
つまり、原告は、結局のところ、本件変更処分が「最低限度」に必要な額を下回ると主張しているけれど、それは、「最低限の衣食住に必要かつ十分な経費」を無視しており、「主張する際の前提」にはしていないように思えます(勘違いかもしれませんが。)。「触れる」必要はないのでしょうか?
(e)「生活扶助・住宅扶助基準の月額」は、文脈上、生活扶助・住宅扶助の各基準の合計額と解しました。
さて、本問を検討する場合、直感的には、本件宗教活動に直接関係するのは、生活扶助基準のみのような気もするのですが、「生活扶助・住宅扶助の各基準の合計額」に焦点を当てるための「誘導」なのでしょうか?*10
4.素朴な感想・その3
複数個所ありますが、最初の箇所から引用。281頁。
そこで、Xの特殊事情の考慮を反映できそうな条文、例えば生活保護法9条などに依拠して違法を主張する方が良いでしょう。
「Xの特殊事情の考慮を反映できそうな条文」と一応理由も書かれているし、「例えば生活保護法9条など」とのことですから別の条項でも良いように読めますが、以降の検討編・論証例では、違法性主張の対象としては9条しか挙がっていません。そこで2点。
(f)例えば、8条違反、もっというと12条・14条違反だと主張すると、「適用条項の誤りで減点」とかにされないのでしょうか?
(g)例えば、朝日訴訟は、生活扶助基準を争っているので8条2項がメイン。中嶋訴訟は、学資保険の満期返戻金の収入認定を争っているので4条1項・8条1項がメイン。「Xの特殊事情の考慮を反映できそうな条文」という簡潔な理由で、理解してくれる人がどれくらいいるかですね…。なぜ9条が適切なのか、条文の構造・判例の動向等も踏まえて、もう少し解説を加える必要があるのではないかと思います。
5.素朴な感想・その4
便宜上、重複記述について、最後に登場する文章を引用。298頁。
今述べたように、生活保護の基準額の決定には、宗教活動を含む様々な「文化的」活動のための「最低限度」の援助をする考慮もすでに含まれていることになる。これに加え、宗教活動に関する特別の援助を行えば、被告の主張する通り、政教分離原則(憲法20条3項、89条)に抵触する事態となろう。
(h)まず、(本問には直接関係しないけれど、そういう意味で、論証例ではなく最初の検討編における解説の段階においてですが)被告・裁判所は、生活保護の基準額の決定において宗教活動についても考慮の対象としていることが「政教分離原則」に違反しない、という説明をする必要はないのでしょうか?
いや、本書を読む方は「違反しないのは当然」と思っているだろうけれど、「政教分離原則に詳しくあってしかるべき人」が、宗教法人の非課税が合憲である通説的な理屈を知らなかったことにショックを受けたことがあるので、説明が必要かなと思ったり…。
(i)次に、基準額の決定において、何が考慮されているのか? です。
生活保護の仕組み・実際の運用を知らないので、誤解があるかもしれないけれど、次のようなモウソウをしてみます。
Xとは異なりN教信者ではないが、他の状況についてはXと同一の人であっても、同一の処分がなされるのではないか?
このような仮定が正しいとすると、宗教的には中立的ないし無関係であって、「すでに含まれている」とは言いにくいのではないか?*11
(j)仮に、生活保護の基準の決定に際し宗教活動に関して考慮しているとした場合、原告のような主張を採用することは、「政教分離原則」(憲法20条3項、89条)違反*12になるのでしょうか?もう少し、解説が必要かなと思いました。
問題文によれば、被告側は、教団への寄付は生活保護法60条違反と主張していますが、政治団体への寄付であったり、教団への寄付に控除が認められる法制度が創設された場合をモウソウしてみると、どうなのかなと…。もちろん、それらも当然認めない趣旨であるとか、そういう法制度がない以上、実定法の仕組みを重視する本書では、そういうモウソウは採用できないということで構わないのですが。
以上、長々とではありますが、感想・疑問等を。このエントリーを書くに当たって、生活保護の仕組み・実際の運用を含め、不勉強であることは自覚したし、そうすると、別の方のツイートにあるように、
最近、ブログにご自分の勉強不足を前提にした質問とか、自分の意見を(ほとんど生産的な情報提供なく)長く書く人がいても正直、答える余裕がない。基本的にブログでは僕にもためになる情報を与えてくれるないと。意見や感想はTwitterでと何度書いても注意書きよんでくれないorz
引用元:http://twitter.com/hidetomitanaka/status/98033101711736833
なんて言われてしまいそうですが、とりあえず、こそっと、公開しておきます。(後悔するかも…。)
*1:http://twitter.com/siganaikenpou/status/97666473404809218
*2:第8問以外については、http://twitter.com/siganaikenpou/status/96650296893259776、http://twitter.com/siganaikenpou/status/96653222449643520とか。あとは、紙幅・制限時間の関係で、論証例をそのままコピペした答案が作れるのか? とか…。まあ、私の感想はモウソウパンダにすぎず、受験生からの「現場の意見」を尊重されたほうがいいと思うし、いずれは、教員からもいくつか「書評」という形で公表されるでしょうから、あまり参考にはならないかも…。
*3:http://twitter.com/spminamino/status/76261610506813440
*4:なんて、ただのぢょしこーせーにわかるかどうか、表見ぢょしこーせーのエントリーの内容をどこまで汲み取っていただけるかどうか…。(´・ω・`)
*5:褒められたことがないので、褒めるのが下手なんです!
*6:http://www.hatorishoten.co.jp/78_95.htmlのPDF
*7:http://blog.goo.ne.jp/kimkimlr
*8:http://twitter.com/siganaikenpou/status/96961091556483072、http://twitter.com/siganaikenpou/status/97655503357878272、
*9:加藤智章・菊池馨美・倉田聡・前田雅子『社会保障法』(有斐閣、2001年)279頁〔前田執筆〕。最新版である4版(2009年)では記述が若干変わっていますが、あえて初版で。
*10:回答の便宜上「前提」を作ったのなら問題ない・本問ではそうならざるを得ないというのなら問題ないですが、そうではない場合、憲法論としては、「最低限度の生活を営む」上で「保護額が少なすぎる」というところだけが問題なのであって、生活扶助・住宅扶助などの法律上の分類はあまり意味をもたない、ということになりはしないか?という疑問を持ちました。
*11:個人の特殊事情と無関係に、基準額が「横並び」であるならば、宗教に配慮した・配慮していないのどちらともとれるし、個人情報を握る行政の「調査した結果この額になりました」という主張を鵜呑みにしてしまうおそれがあるのではないか? また、駒村論文を参照し、文化的生存権など生存権の内実を豊かにしても「横並び」、下手したら、当該要素の欠如を理由に「切り下げ」が起こる可能性があるのでは、という疑問です。
*12:「20条1項かも」ということはありうるけれど、問題の中心は、適用条項の話ではなくて、「政教分離原則」に抵触するかどうかです…。