木村草太先生への返信です
昨日は、ご多忙の中、コメントのみならず、ブログの執筆*1までしてくださり、大変恐縮しております…。
昨日のエントリーの段階では、まだ私の立ち位置がふらついていたし、頭の整理ができていなかったようです。拙い文章の中から、要領よくポイントを取り出して回答してくださり、おかげさまで、私の「誤解」も解けたように思います。
というコメントだけなら、ブログを改めて書く必要がないのですが、補足説明等したほうがいいかなと思い、書かせていただきます。
8月上旬というのは、お忙しい時期かと思いますので、私の駄文を読む労力を割くといった、ご無理をなさらぬよう…。(´・ω・`)
1.本問のイメージ
本問について、次のようなイメージを持つと分かりやすいし、先生と「昨日までの私」の理解とのズレもはっきりするのではないでしょうか。
「仕送り」・「小遣い」・「想定」・「使用」をキーワードにしてみました*2。
生活保護を「国からの仕送り」と例えてみる。
Xには、当初、上限である月額107,170円の「仕送り」があった。
ところが、Xがアルバイトを始め、月給40,000円を貰うようになったので、仕送り額が67,170円に減らされてしまった。
さて、Xは、N教の信者であり、N教の教えに従って、バイト代の2割(8,000円)を教団に寄付したいと思い、仕送りの減額幅を寄付額分減らしてほしいと求めた。この要求が認められるか?
まず、この「国からの仕送り」の意義が問題となる。
この仕送りは、生活扶助・住宅扶助からなるが、この分類は、国が、それぞれ衣食・住の目的に使用するであろうと「想定」した区別にすぎず、他の目的で使用することも一応可能である*3(ただし、原則としてエアコン購入・自動車所持等は認められない。)。
また、この生活扶助・住宅扶助基準の月額は、最低限の衣食住に必要かつ十分な経費に、(いわば「お小遣い」目的として)10,000円程度を加えた額として評価できる。
ここまでは、原告・被告・裁判所で、争いのないところである。
争いがあるのは、この生活扶助・住宅扶助について、宗教目的での使用が「想定」されているかどうかである。
原告は、この「仕送り」には宗教目的は想定されておらず、よって、上記の「お小遣い」についても、それは想定されていないと考える。原告は、このような考え方から、宗教活動のための「追加の仕送り」を求めたといえる。
これに対し、被告・裁判所は、この「仕送り」には、宗教・芸術・スポーツなど多様な文化目的での使用が想定されており、よって、上記「お小遣い」についても、それは想定されていると考える。被告・裁判所は、このような考え方から、宗教活動のための費用については、「お小遣い」から支出すべきで、「追加の仕送り」を認めなかった(ただし、検討編では、裁判所の判断について別結論あり)。
今日の段階で、以上のようなイメージを持つに至りました。
昨日までの私の疑問のほとんどは、「仕送り」についての「想定」「使用」の区別ができていなかったこととに由来するものだったと思います。私の読解能力不足も一因だったと思うので、その点は謝ります…。
2.その他のエントリーに対するコメント
以下、上記で書いていない点についてコメントさせていただきます。
まず、政教分離違反について。木村先生のコメントを引用したうえで、コメントさせていただきます。
一連のご指摘についてのポイントは、やはり、
<宗教的要素に着目した援助>と
<非宗教的要素に着目した援助が宗教活動に有益な場合>の区別なのかなと思います。
〔中略〕
先ほど書いたように、政教分離原則については、何らかの形で補足したいと思っています。
「二度の考慮は政教分離違反?」と思ってしまったわけですが、<宗教的要素に着目した援助>と<非宗教的要素に着目した援助が宗教活動に有益な場合>という区別が前面に出ていれば、私も誤解しなかったでしょう。
ご指摘の文献は存じております。ただ、木村先生の書いた文章だからという予測はできても、本書から読み取る事が困難だったし、他人の答案を採点するときに、「この人は○○という論文を書いたことがあるから」という配慮はしないでしょうから…(^^;。
いずれにせよ、論証例も改善する余地があるのではないかと思います。
というわけで、補足のほどよろしくお願いいたします♪
次に、第1問・第4問の論証例について。木村先生のコメント2つを引用したうえで、コメントさせていただきます。
ピアノ伴奏のケースについては、判例ベースにすると論証がうすっぺらいものになってしまうだろう、という考慮から、ああいう書き方を選択してみました。
ジュリスト論文(豆男論文と呼ばれています)の筋の答案は、さすがにアクロバティックと思い、自重した経緯があります。
ご要望があれば、豆男論文をもとにした論証例(豆男論証)も公開いたしますので・・・。
なるほど。答案を書かず、また、どういう論証になるのか深く考えずに、ツイートしていました…。
前者については、新司法試験を念頭に置くと、沢山のことを書かないといけないから、どうしてもコンパクトに書かざる得ず、論証が薄っぺらくなってしまうということでしょうね…。学部生向けと言いますか、判例の論証の流れを丁寧にまとめ上げるような問題であれば、論証を厚く書けるでしょうが、本書の対象外といいますか…。
後者は、木村説を批判する方に書いて貰わないと難しいかもしれませんね(笑)。でも、私は、木村先生の論証例の公開を希望します♪
最後に、LRAについて。ツイートが説明不足ですみません。
せっかくの機会なので、補足説明させていただきます。
本書13頁にも例はありますが、目次にない頁を含む第3問*4の検討編のところでいうと、134頁からの引用です。
処罰の必要性(LRAの基準)について、所有権・管理権の侵害に対しては、……刑事処罰ではなく民事手続で足りる、という筋の議論はしばしば出てくるところです。
「所有権・管理権の侵害に対して」「しばしば出ている」そうですが、出典がないので、独力で調べにくい…(先生方から教わるという想定ですね。)。
「刑事処罰ではなく民事手続で足りる」という程度の論証で違憲の判断を導いてよいのか?
「所有権・管理権の侵害」以外の場合はどうなのか?
「刑事処罰ではなく懲戒処分で足りる」などの場合はどうか?*5
など、本問以外にも役立つような記述がない。
以上、弁護側の主張ですが、検察側の反論でいえば、149頁の「民事手続を提起する負担を課すのは酷」であるという点についても、同様の疑問を持った次第です。
LRAの基準については、ロースクールにおいて、いろいろと参考文献が示され、いろいろ読んでいるから、注がない・コラムなどによって解説がないのかもしれませんけれど、独習のためには、注・解説等が必要ではないでしょうか?
以上、昨夜の木村先生のブログエントリーに対する返信です。
*1:http://blog.goo.ne.jp/tbinterface/9c71cb2a0eedd27cf411d4c671b971f9/
*2:昨日のブログ執筆の際に「小遣い」だけは思いついていたのですが…。
*3:不勉強な私には、法的に・実際に、どこまで自由に使用できるのかはわかりませんので、あくまでイメージです…。
*4:「第4章」を「第4問」と見間違っていたようです。すみません。。。
*5:要するに、有名な猿払事件におけるLRAの基準の否定、にもかかわらず、答案としてLRAの基準を用いること。LRAの基準を使うかどうかの議論は判例と学説の断絶だとして、答案としては用いていいのかなと…。それはいいとしても、どのようなものが代替手段がある・ないの判断材料になるのかが問題です。そして、あてはめの丁寧さについて、本書においてあまり重要でないような印象を受けたのですが、そのへんはどうなのかなと思いました。