国家公務員法102条と白紙委任の禁止

 新年早々、長々と書いた「法律の留保」のエントリー、そのうちの1月8日の日記で、本質性理論が、伝統的な通説である侵害留保説の「侵害領域」を機能的に拡張して、制裁的な氏名公表など国民に重大な不利益を及ぼしうるものについても法律の根拠を必要と考えつつ、また、行政機関の基本的枠組み、基本的な政策・計画、重要な補助金等についても法律の根拠を必要だとする見解であることを紹介しました。この見解は、従来であれば、委任立法の限界(規律密度の問題)、(古典的には租税と刑罰、後に表現の自由で議論されてきた)明確性の要請、行政機関の法定化、基本的な政策・計画の法定化など議会に義務づけることを「法律の留保」論で統一的・体系的に説明しようとするものだということも紹介しました。

 もっとも、従来であれば、別途検討すればよかったということですから、とりあえず、別エントリーでチョット検討しようかと思ったわけです・・・(^^;。ということで、 昨年12月11日の日記で紹介した国家公務員法102条1項を素材に・・・(^^;。




 そのときにも引用しましたが、まずは条文。

(政治的行為の制限)
第百二条  職員は、政党又は政治的目的のために、寄附金その他の利益を求め、若しくは受領し、又は何らの方法を以てするを問わず、これらの行為に関与し、あるいは選挙権の行使を除く外、人事院規則で定める政治的行為をしてはならない。
 (2項・3項略)

   第四章 罰則
百十条  左の各号の一に該当する者は、三年以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。
 十九  第百二条第一項に規定する政治的行為の制限に違反した者

 えー、憲法でふつー勉強するときは、こんな条文を知らなくても、「国家公務員法102条(の1つの問題)といえば、委任立法の限界の問題(特に、白紙委任の禁止に当たらないのかの問題)で、判例は・・・、この点、学説は・・・とか」インプットするのでしょうか・・・。本来であれば、人事院規則14−7も挙げて、ねちねちと(?)書いてもいいのですが、例のごとく簡単に説明のみ・・・(^^;。


行政法の教科書から

 本質性理論が、行政法の研究者から紹介されたことに鑑み、行政法の3つの教科書から引用*1

 日本国憲法は、委任の方法の限界の問題に関する明示的な規律を置いていない*2。・・・。これは、限界を打ち破ったのは委任立法を制定した行政機関ではなく、委任の仕方を誤ったということによるので、立法機関が過ちを犯したことになる。この問題につきもっとも著名なのが、国家公務員の政治行為の制限にかかる人事院規則への委任である(・・・)。最高裁判所は、必ずしも理由を明示することなく、合憲の判断を下している*3。しかし、形式的に見れば、その委任はやはり白紙的であるといわざるをえないのではないか。もしこれを合憲であるというとすれば、一つは、規律の対象が一般権力関係ではなく公務員関係であるということ、そして、今一つは、規範定立者が、人事院という、内閣から独立して人事行政を遂行する合議体の機関である、というところにあると思われる*4

 ドイツ基本法80条が参考になること、白紙委任違憲になるとして、国家公務員法102条1項の規定の仕方は、「白紙的な委任」であるので合憲であるとするのであれば、規制対象が公務員(公務員関係)であること、人事院という内閣から独立した合議体の機関であるところということなのでしょうか・・・。

 ということは、その2つを理由に挙げると・・・(^^;。まあ、理由が説得的でないとダメなんでしょうけど・・・。


 ここでも、上記昭和33年判決が引用されていて、その直後を引用*5

 かかる広範な委任を正当化しうるとすれば、公務員の政治的活動の禁止については、党派的な対立から中立的な委員会として独立性を付与された人事院の判断に委ねることが望ましいという考慮に求める以外にないように思われる。

 「公務員関係」という言葉は使われていないけれど、それを前提にしつつ「正当化するには、・・・人事院・・・以外にない」というとなのでしょうね・・・。たぶん・・・(^^;。


 本質性理論を紹介された先生の教科書ですが、「合憲性が争われた委任立法の代表例は・・・国家公務員法102条1項である。」のくだりとその注での判例集参照の紹介(269頁)ですか・・・(^^;*6


憲法の教科書

 そこで、いつものように*7芦部信喜高橋和之補訂)『憲法 第三版 第三版』(岩波書店、2002年)202頁から引用。

 最高裁は、猿払事件判決*8(・・・)で、「公務員の政治的中立性を損なうおそれのある行動類型に属する政治的行為を具体的に定めることを委任するもの」で、合憲と判断したが、学説では、この委任はやはり白紙委任的だとみる見解が支配的である。

 「おっ、やはり憲法の先生だ。芦部先生は、違憲説か。」と即断してはいけません。この部分は、事実の指摘なのでしょう・・・。

 芦部説に関する丁寧な解説は、高見勝利「委任命令の根拠と限界」『芦部憲法学を読む 統治機構論』(有斐閣、2004年)214頁以下(初出:法学教室254号(2001年))を読んでいただくことにして、これを参照しつつ、簡単に、芦部説の紹介をば。

 1.委任の限界は、原則として、「一般的な白紙委任は禁止され、個別的・具体的な委任のみ許される憲法41条・31条参照)。したがって、法律(授権法)に『目的』と受任者の寄るべき『基準』を定めることが必要であるが、ただ基準の適切性の判断は、委任された権限の大小、詳細な規準を法律で定めることの実効性(立法過程と行政過程のいずれが問題の解決に適しているか否か)、受任者の裁量の濫用に対する保護の有無、委任事項の内容(罰則か否か)等の要件に左右される。」*9
 2.国家公務員法102条は、その制定当初(1947年)、公務員の政治的制限について消極的であったが、翌年の改正で、「選挙権の行使を除く外、人事院規則で定める政治的行為をしてはならない」旨の規定が挿入されたために、白紙委任の疑いがもたれた。
 3.「法102条1項に例示された3つの政治的行為が、規則に定めるところにあげて委任されたその他の政治的行為の内容を枠づけるのに、十分合理的な基準を提供するものだとはいいがたい」。1.で見たような機能的判断*10を「加味しても、なお、法102条1項の立法委任はあまりにも包括的で、直ちに合憲とすることは困難のように思われる。」
 4.「受任機関が人事院だというだけでは、人事院も実際には通常の行政官庁とそれほど異なっているわけではないので、基本権の制限に関する広範な委任の合憲性を基礎づける十分の理由にならないのではないか、という疑問が残る。」*11

 高見先生も、「このように、法102条1項の合憲性について、芦部の歯切れは必ずしもよくはない。」と指摘しつつ、委任立法に対する国会の統制のあり方に関する芦部説を紹介されています*12*13

 ちなみに、こうやって調べていくと、刑罰と懲戒罰の関係について、「LRAの基準を使って、より制限的でない代替手段として懲戒罰があるからそれよりも重い制裁である刑罰を科すのは違憲だ、と芦部先生は考えています。」なんて書くと・・・。(´・ω・`) 

*1:あの方の教科書がないとかそういう話はナシということで・・・(^^;。

*2:ここで、塩野先生は、注において、「外国の憲法、例えばドイツ基本法80条では、授権に際して『授権の内容、目的、程度が法律の中に規定されていなければならない』と定めている。もっとも、これによっても委任の限度が明確に限定されているということにはならないが、一つの判断基準を提示しているものといえよう。」と書かれています(90頁注1)。

*3:ここで塩野先生は、括弧書きで、最判昭和33年5月1日、昭和32年(あ)2243事件、刑集12巻7号1272頁を挙げられている。

*4:注2で紹介されている、家永教科書訴訟第一次訴訟、昭和61年(オ)1428事件、民集47巻5号3483頁のほうが説明しやすいのですが、今日はパス(笑)。

*5:同「ベーシック行政法第三回 第三章 行政基準」法学教室285号(2004年)5頁も同じ。たまに教科書のほうが詳しい場所があるけれど(^^;。ひょっとして、連載の進展状況からすると、そろそろ行政救済法(行政を救済する法ではないはず。)のテキストは・・・。どなたかこそっと情報を・・・(^^;。

*6:もちろん、この教科書にも、憲法の教科書に比べると、色々な文献を参照するよう指示がありますし、その辺を読まないといけないし、委任立法を統制する議会が持つ手段は紹介されているし、大橋先生の著書を読まないといけないんですけど・・・(^^;。

*7:世代的にこちらを先に書くべきとかそういう話はナシです(^^;。

*8:しが研注:最大判昭和49年11月6日、昭和44年(あ)1501号、刑集28巻9号383頁

*9:芦部信喜新版 演習憲法 (法学教室選書)』(有斐閣、1988年)264頁から引用。以下の部分は、同「人事院規則への委任」『人権と議会政』(有斐閣、1996年)565頁以下(初出:『行政判例百選Ⅰ』(有斐閣、1979年))を引用・恣意的に要約。

*10:しが研注:その点については、厳密には、同「補論Ⅲ 現代における立法」『憲法と議会政 (東大社会科学研究叢書 34)』(東京大学出版会、1971年)497頁。

*11:ここで、「同旨」として紹介されているのが、佐藤功「法律と命令」国家学会雑誌71巻1号(1957年)86頁。

*12:高見・前掲書226−227頁

*13:なお、調査官解説として、香城敏麿「政治的行為の規制に関する最高裁猿払事件」『憲法解釈の法理 香城敏麿著作集 (1)』(信山社、2005年)とくに105頁以下(初出:法曹会編『最高裁判所判例解説 刑事編 昭和49年度』(法曹会、1977年)。後の最高裁判決の個別意見として有名なのは、最判昭和56年10月22日、昭和54年(あ)423事件、刑集35巻7号696頁)における刑法学者の団藤重光による反対意見。