「刑の軽重」入門編

 最近見聞したことについて書くことにしまんもす。




(1)導入

 例えば、傷害罪と傷害致死罪、どちらのほうが「刑が重い」のか?

 第二編 罪

  第二十七章 傷害の罪(第二百四条―第二百八条の三)

(傷害)
第二百四条  人の身体を傷害した者は、十五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

傷害致死
第二百五条  身体を傷害し、よって人を死亡させた者は、三年以上の有期懲役に処する。

 懲役刑に着目すると、傷害罪は「15年以下の懲役」、傷害致死罪は「3年以上の有期懲役」。

 ある方と議論したのは、これとは別の事例でしたが、その方の考え方を推測すると、

 傷害罪よりも傷害致死罪のほうが一般的には重いが、「法定刑」レベルにおいても、傷害罪のほうが重い場合がある。

 ということなのだと思います…。

 結論から言うと、まず、【法定刑・処断刑・宣告刑の違い】がわかっていないのだろうと思います。

 噛み砕いて言うと、先の条文の「15年以下の懲役」「3年以上の有期懲役」が【法定刑】。

 新聞等で目にする「懲役○○年の実刑判決」なんていうのは【宣告刑】。

 確かに、傷害罪と傷害致死罪の【法定刑】は、「3年以上15年以下の懲役」の部分では「重なり合う」。また【宣告刑】のレベルでいえば、傷害罪の事案が懲役10年、傷害致死罪の事案で懲役5年というように、傷害罪の事案なのに、傷害致死罪の事案より「刑が重くなる場合がある」。

 しかし、その意味での「刑が重くなる場合がある」というのは、事案による(犯情による)わけで、【宣告刑】のレベルのものである。

 「刑の軽重」といえば、まずは【法定刑】の話*1。傷害罪より傷害致死罪のほうが刑が重い、というのが、当たり前だのくらっかーだったのでは…。



(2)条文を確認してみるテスト

 第一編 総則

  第二章 刑(第九条―第二十一条)

(刑の種類)
第九条  死刑、懲役、禁錮、罰金、拘留及び科料を主刑とし、没収を付加刑とする。

(刑の軽重)
第十条  主刑の軽重は、前条に規定する順序による。ただし、無期の禁錮と有期の懲役とでは禁錮を重い刑とし、有期の禁錮の長期が有期の懲役の長期の二倍を超えるときも、禁錮を重い刑とする。
 2  同種の刑は、長期の長いもの又は多額の多いものを重い刑とし、長期又は多額が同じであるときは、短期の長いもの又は寡額の多いものを重い刑とする。
 3  二個以上の死刑又は長期若しくは多額及び短期若しくは寡額が同じである同種の刑は、犯情によってその軽重を定める。

(懲役)
第十二条  懲役は、無期及び有期とし、有期懲役は、一月以上二十年以下とする。
 2  懲役は、刑事施設に拘置して所定の作業を行わせる。

 刑法典は、「総則」「罪」という2つの編からなり、教科書では、「刑法総論」「刑法各論」とされることが多い。

 先の傷害罪・傷害致死罪は、「第2編 罪」に規定されているわけだが、当然のことながら、「第1編 総則」の適用を受ける(第2編に規定される罪の共通部分が前に括りだされ、第1編で規定されている。「パンデクテン方式」。)。

 「刑の種類」としては、死刑・懲役・禁錮・罰金・拘留・科料・没収の7種類あるが、「主刑」は死刑〜科料の6種類(9条)。



 さて、「刑の軽重」は10条で定められているが、「刑の種類」(9条)を頭に入れて読まねばならない。

 「主刑の軽重」は重い順に、死刑>懲役>禁錮>罰金>拘留>科料であるが(10条1項本文)、例外がある(10条2項 19:16追記:1項但書き。すみません。)。



 で、「同種の刑」、例えば、傷害罪と傷害致死罪の2つの懲役刑を比べるときは、まずは、「長期の長いものを重い刑」とする…(10条2項)。

 そして、懲役刑には、「無期懲役」と「有期懲役」があり、「有期懲役」は「1月以上20年以下」(12条1項)。

 そうすると、

傷害罪:「15年以下の懲役」=「1月以上15年以下の有期懲役」⇒ 長期(刑の上限)15年以下の懲役

傷害致死罪:「3年以上の懲役」=「3年以上20年以下の有期懲役」⇒ 長期(刑の上限)20年以下の懲役

 「15年以下の懲役」よりも「20年以下の懲役」のほうが「長期の長いもの」にあたるので、傷害罪よりも傷害致死罪のほうが、刑が重い。

 傷害罪と傷害致死罪を比較しましたが、このような一番簡単なレベルの「刑の軽重」がわからないとなると、法定刑がこれ以上に似ているもの・1つの行為が複数の罪に該当したり複数の行為で複数の罪に該当するような複雑な事案の処理…(といって、きちんと説明していませんが。それにしても、例えば、http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=02&hanreiNo=32636&hanreiKbn=01の判決文とか読んで理解できるんでしょうか…。)。



(3)最近の弁護士は…

 で、今回のエントリー、別に、(1)で紹介した方を「バカにする」つもりはありません。知らないのならば、これから気を付ければいいのだから…。

 そして、奇特な読者の方々の中で、こういうことをご存知ではなかった方がおられれば、このエントリーを契機に知っていただければいいわけだから…。



 ところで、この件に関連して、若手の弁護士の方の中にも、法定刑レベルでの「刑の軽重」の判断の仕方がわからない方がおられる、ということを耳にしました。

 (ただのぢょしこーせーである)私がどうして「刑の軽重」の見分け方を知っているのか、よく覚えていませんが、(1)で紹介した方だけではなく、刑法をきちんと勉強されたはずの弁護士の方も知らないというのはどうしてなのかなと思いました。

 まあ、傷害罪と傷害致死罪の場合だと、「傷害致死罪は傷害罪の結果的加重犯だから、傷害罪のほうが重いに決まっている」という説明の仕方ができますが、こういう説明って、論点チック(または暗記偏重)ですよね…(^^;。



 で、弁護士の方で知らない方がおられる原因はよくわかりませんが*2、いくつか確認したことを最後に書いておきます。

 まず、刑法の教科書について。「刑の加重」は、刑法総論の教科書だと「刑の適用」とか「刑の運用」というところで説明されています。通常は、罪数論のあとに、刑法総論の最後に近い部分で。英語の参考書を勉強しだしても最初の5文型どまりみたいな意味で言うと、「刑の軽重」まで読み進める人はどれくらいいるのだろうか…。また、きちんと書かれていないような教科書もあるし…。

 次に、「法学入門でも習うはず」という指摘も受けました。「法学入門」に使用する教科書にはたして書かれているかどうか…。

 さらに、ネットで検索しましたが、条文の引用どまりのものが多かったりする…。(´・ω・`)

*1:もちろん、【宣告刑】レベルで、「刑が重すぎる・軽すぎる」という比較する際に、その基準になることは否定しない。法定刑・宣告刑の区別と完全には対応しないけれど、この区別を意識できていないということは、憲法でいうと法令違憲適用違憲の関係も理解されていないのだと思う。

*2:10条が「総則」にあることを知らないのだとすると、条文を最初から順番に読んだことがないのかもしれません。教科書・受験用テキストだと、どうしても「項目ごと」「ブツ切り」のような説明になってしまうだろうし、10条についても受験勉強的には「論点チック」に勉強しがちだから…。