「その他」と「その他の」

 さっき、みくしに書いた内容。若干加筆して掲載。





 日常的にはあまり区別してなさそうだが、法制執務的には、

 「A、Bその他C」は、A・B・Cが並列関係になっている。
 「A、Bその他のC」は、A・BがCの中に包含されており、A・BはCの例示列挙。

 というふうな決まりになっており、その意味が違う…。
 そういうことを知りながら、憲法の条文を読むと、確かに使い分けがされているようだ…。(´・ω・`)



 ところで、憲法の条文を読まずに教科書とか参考書ばかり読んでいると、後者「A、Bその他のC」の例として真っ先に思い浮かぶのは、恵庭事件ではないだろうか。

 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%81%B5%E5%BA%AD%E4%BA%8B%E4%BB%B6



 問題になった条文は、自衛隊121条。比較するために、刑法の器物損壊罪(261条)も引用。

自衛隊法】
第百二十一条  自衛隊の所有し、又は使用する武器、弾薬、航空機その他の防衛の用に供する物を損壊し、又は傷害した者は、五年以下の懲役又は五万円以下の罰金に処する。

【刑法】
(器物損壊等)
第二百六十一条  前三条に規定するもののほか、他人の物を損壊し、又は傷害した者は、三年以下の懲役又は三十万円以下の罰金若しくは科料に処する。

 法定刑が、「5年以下又は5万円以下の罰金」と「3年以下の懲役又は30万円以下の罰金若しくは科料」と前者のほうが厳しい…(刑法10条1項参照)。



 で、恵庭事件では、自衛隊の通信線を切断した酪農家の兄弟が、自衛隊法121条違反で起訴された。

 戦前・戦中であれば、「非国民」扱いですよね…。

 騒音で、鶏が卵を産まなくなったって、「お国のため」であって、仕方がないことだっただろう…。



 これに対して、札幌地裁は、通信線は、「その他の防衛の用に供する物」に該当しないとし、無罪とした(札幌地判昭42.3.29)。



 まあ、これに批判的な方もおられるかもしれない。たとえば、

  通信線が「防衛の用に供する物」に該当しないなんて、どんだけ、軍事に疎いねん!!   旧軍と異なり、現代においては、補給と並んで、通信も重要やねん!!

 というように、思われる方もおられるのではないだろうか…。



 さて、判決文を読まずに、教科書だけを見ていたりすると、この判決では、次のようなことを言っているようだ(って判決文から引用するが。)。
 裁判所のHPではヒットしないようなので、

 以下、引用は、http://www.cc.kyoto-su.ac.jp/~suga/hanrei/92-1.htmlから。


 「その他の防衛の用に供する物」とは、これら例示物件とのあいだで、法的に、ほとんどこれと同列に評価しうる程度の密接かつ高度な類似性のみとめられる物件を指称するというべきである。

 この点だけを読むと、

 通信線も、「武器・弾薬・航空機と同列に評価しうる程度の密接かつ高度の類似性」があるぢゃまいか。それが現代戦だ!!

 と思われることであろう。「法的に」という限定に気がつかない方もおられるだろう…。



 さて、教科書にはあまり紹介されないのだが、この判決では、この基準に関して、次のようなことを言っている(読みやすくするために適宜改行)。

 これら例示物件の特色について考察すると、それらは、いずれも、

 (1)その物自体の機能的な属性として、いわゆる防衛作用のうち、とくに、自衛隊法上予定されている自衛隊の対外的武力行動に直接かつ高度の必要性と重要な意義をもつ物件であり、それだけ、現実の防衛行動に先だち、その機能を害する行為からまもられていなければならない要求が大きく、

 (2)実力部隊の性格をもつ自衛隊の物的組織の一環を構成するうえで、いわば、不可欠にちかい枢要性をもつ物件であり、したがつて、これに対する損傷行為は、自衛隊の本質的な組織構成をおびやかす面をもち、

 さらに、(3)規模・構造等の関係で、ひとたび損傷行為がくわえられたばあいにもたらされる影響が深刻なものとなる危険の大きい物件であり、同種の物件によつても、用法上の代たいをはかることの容易でない等の特色をもつている。

 そんなに限定する必要はないのではないのか?

 無罪にするための「詭弁」とも思えるかもしれない…。

 たとえば、自衛隊の使う物品は、すべて「防衛の用に供すべき物」だと考えるのであれば…。




 さらに、【極端に言えば】

 背広組が使うボールペンも「防衛の用に供すべき物」としてよいのか?

 というような話になるのかも。

 財務省の主計官が使うボールペンとどう違うのか?



 何ゆえ、「防衛の用に供すべき物」だけ、刑法261条よりも加重した刑を用意したのか?

 「お上の使う物」はトウゼン「特別に」保護されるべきか?




 この点、この判決では、自衛隊法121条の趣旨について次のように述べている。

 通常、器物損壊罪の特別罪と理解するむきが多いが、本件罰条があらたにもうけられた趣旨・背景および規定内容にかんがみれば、刑法上の器物損壊罪が有する財産犯罪的な性格よりも、むしろ、自衛隊という組織・機関によつていとなまれることとなつた「国の防衛作用」を妨害(侵害)する犯罪類型としての性格(一種の公務妨害罪的な要素)に、第一次的な意義があり、財産犯罪たる比重は副次的なものにとどまると考えるのが相当である。

 この部分を読んでも、「国の防衛作用」重視であれば、「防衛の用に供すべき物」を拡大して解釈すべきであり、範囲を狭く解釈するのは、憲法9条のせいだとか、軍事面を重視していないと思われるかもしれない。



 この点、この判決では、次のように言っている。

 長いが、説明が面倒になってきたので、コピペ。

 一般に、刑罰法規は、その構成要件の定め方において、できるかぎり、抽象的・多義的な表現を避け、その解釈、運用にあたつて、判断者の主観に左右されるおそれ(とくに、濫用のおそれ)のすくない明確な表現で規定されなければならないのが罪刑法定主義にもとづく強い要請である。
 その意味からすると、本件罰条にいわゆる「その他の防衛の用に供する物」という文言は、包括的・抽象的・多義的な規定方法であり、検察官主張のように、「客観的、具体的であつて、なんら不明確な点はない。」と断定するには、たやすく同調できないところが多い。
 たしかに、刑罰法規の立法者がその立法段階で、ありとあらゆる事態をもれなく想定し、刑罰をもつて規制すべき必要かつ十分な範囲・対象をつねに明確な文言で精密に規定するような立法作業をおこなうのは、なかば不能にひとしい面もあるため、その規制範囲等に関する一応の基本的な決定を示すことにより(例示規定がその好例といつてよい。)、個々の事案における具体的に妥当な判断については、これを、裁判官を含めた法の適用者にゆだねるばあいがすくなくないことは否定しがたい。
 したがつて、ある範囲での包括的・抽象的規定方法をとることも、前記のごとき立法作業の性質上、やむをえないのであるが、 それは、あくまで、必要最低限にとどめるべきであると同時に、本件罰条のように、その規制秩序の特殊性とあいまち、規定文言の抽象的・多義的な性格がすこぶる濃厚な刑罰法規の解釈に際しては、厳格解釈の要請がひときわ強くはたらくのであつて、類推解釈の許容される限界についても、いつそう多くのきびしい制約原理が支配し、刑罰権のし意的な濫用を厳重に警戒する態度をもつてのぞまねばならないものというべきである。

 要するに、国家権力(特に行政権)の恣意性を防ぐためには、刑罰法規については、なるべく明確に書くべきだと。

 で、通信線は、「その他の防衛の用に供する物」に該当することは、自明ですか?

 他にどのようなものが入ることが自明ですか?

 結局のところ、防衛目的を重視するのか、刑罰法規の明確性・犯罪者の人権を重視するのか…。

 「犯罪者」と書きましたが…。



 あと、この判決では、「類推解釈」という言葉が使われています。

 最近、このようなことを思い出すような記述を目にしたんで、今回のエントリーにしました。

 ふつう、刑法学では、【「拡大解釈」の許容・「類推解釈」の禁止】と言われていますが…。




 さて、最初の検察官は自衛隊法121条での有罪に自信があったらしいが、無罪判決となり、結局、検察側は、控訴をあきらめた…。

 控訴を断念するほど「ヘタレ」だったおかげで(政局のせい?)、今後も、通信線を切断しても、自衛隊法121条での起訴は、なかなか難しい。

 防衛目的重視だからと特定の人たちが声高に主張したとしても、自衛隊法121条での起訴は難しいであろう。

 今のところ、そういう「相場」なのだから…。

 尊属殺事件で触れたように、法改正がなければ、または、「厳罰に処すべき」という民意が高まらなければ…。



 というわけで、ふつー「憲法判断回避の法理」の事例として有名な恵庭事件を、罪刑法定主義・構成要件の明確性の話としてしましたでつ…。
 以上【「わいせつ文書」には、○○は含まれないに決まっている!!】と思っている人が、【通信線は「その他の防衛の用に供する物」に該当することは自明である!!】なんて思っているとすると、どうしてなのかなあと思う今日この頃のしが研でありました♪*1

*1:もちろんそれを論証できればOKぼくじょー。