けーわいよ

 約1ヶ月ぶりの更新です…。(´・ω・`)

 2月17日の日記で、
 「あと2つ(「比較可能な価値」・「切り札ではないかもしれない『切り札』の人権」)なんて書こうかと思っています…(^^;。」なんて、大見得(?)を切った割には、書いていませんね。(´・ω・`)

 今日は、それらの話ではありません。手軽に書けるもの(?)をば…。




 もう、2年近く前の文章になりますが、石川健治「Festschrift」法学教室308号(2006年)1頁、それを読んで思い出したことを。

 『憲法訴訟と人権の理論―芦部信喜先生還暦記念』(有斐閣、1985年)は、「『憲法訴訟論にあらざれば、人にあらず』といわれた時代が確実に過去のものになったことを教えてくれ」るらしい。刊行当初(校正段階)から…。

 「いつの誰の話か?」、また「清冽な知的緊張を漲らせた若武者たちの」論文を全部読んだかは別にして、実際にいくつか読んで、本当に、「『憲法訴訟論にあらざれば、人にあらず』といわれた時代が確実に過去のものになった」と実感できるかどうか…。(´・ω・`)

 いやー、まあ、その後、活躍されている方々のご業績からすれば、想像はつくかもしれないけれど、1985年がターニングポイントだったと実感できるかどうか…。*1

*1:冒頭からして「『難解なドイツ憲法理論の手ほどきをして下さった或る若手の先生』って誰やねん?」って思う方もおられることでしょう…(^^;。