「法律の留保」・その6

 こんなに長く書くつもりはなかったのですが、昨日の日記の続きです。今日は、「法律の留保」の「法律」について、簡単に。



「法律の留保」の「法律」の意味・前編

 この場合に問題になる(候補に挙がる)「法律」は3種類。

1.組織規範
 いかなる行政組織を設け、行政事務を各行政機関に配分するかを定める規範。
2.根拠規範
 行政が国民に対して働きかける場合の要件・効果を定める規範。
3.規制規範
 行政組織が国民に対して働きかける場合の手続などを定める規範。

 定義自体が、結論になっている場合もあるわけでして、こういうふうに定義づけると、「法律の留保」の「法律」というのは、主に(伝統的に?)「根拠規範」の場合だということです。つまり、侵害留保説が最低限の領域だとして、それに合わせて説明すれば、国家が、ある人からある種の一定額の税金をとるためには、その条件を充たす人すべてから一定額の税金を払う義務を課す法律が必要だということです。ただし、今日では、憲法84条によって、税金を徴収する法律も必要だと解されているので*1、そういう意味では規制規範(?)も必要なのですが・・・*2

 話を戻しますが、問題は、「侵害留保から、法律の留保領域を拡大した場合に、それほど根拠規範はいらないのではないのか?」ということです。

 また、日本の場合、まず、省庁レベルの組織の法定化は当たり前と考えられているので、組織規範が必要であることを前提として議論されています*3。だから、組織規範があるから、さらに根拠規範が必要なのかが問題となります*4



 この点が、もっとも問題となったのが、実は、「侵害領域」で露見しました。一番明らかで、有名なのは、「自動車の一斉検問」です。

  • 旅券業務の場合

 比較するために、まず、何でもいいのですが、旅券業務。

【外務省設置法】
(任務)
第三条  外務省は、平和で安全な国際社会の維持に寄与するとともに主体的かつ積極的な取組を通じて良好な国際環境の整備を図ること並びに調和ある対外関係を維持し発展させつつ、国際社会における日本国及び日本国民の利益の増進を図ることを任務とする。
(所掌事務)
第四条  外務省は、前条の任務を達成するため、次に掲げる事務をつかさどる。
 十二  旅券の発給並びに海外渡航及び海外移住に関すること。

【旅券法】
(一般旅券の発行)
第五条  外務大臣又は領事官は、第三条の規定による発給の申請に基づき、外務大臣が指定する地域以外のすべての地域を渡航先として記載した有効期間が十年の数次往復用の一般旅券を発行する。ただし、当該発給の申請をする者が次の各号に掲げる場合のいずれかに該当するときは、有効期間を五年とする。
 一〜二 (略)

 まとめて2つの法律から条文を抜粋しましたが、外務省設置法4条12号で、旅券の発給などが外務省の所掌事務になっていますが、これによって、例えば、旅券の発給を拒否したりすることはできません。これは「組織規範」だから、国民の海外渡航・海外移住の自由(憲法22条2項前段参照*5)を少なくともそれだけで制限することはできません。

 だから、旅券法5条1項のような、旅券発給の要件効果を定めた法律(「規制規範」)が必要になってきます。

 これは、外務省が法律で作られたから、その所掌事務にあるものはすべて、別に法律がなくても、国民の権利を制限できるということになることを防ぐという目的があるわけです。

  • 自動車一斉検問の場合

警察法
(警察の責務)
第二条  警察は、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ることをもつてその責務とする。
 2  警察の活動は、厳格に前項の責務の範囲に限られるべきものであつて、その責務の遂行に当つては、不偏不党且つ公平中正を旨とし、いやしくも日本国憲法の保障する個人の権利及び自由の干渉にわたる等その権限を濫用することがあつてはならない。

警察官職務執行法
(この法律の目的)
第一条  この法律は、警察官が警察法(昭和二十九年法律第百六十二号)に規定する個人の生命、身体及び財産の保護、犯罪の予防、公安の維持並びに他の法令の執行等の職権職務を忠実に遂行するために、必要な手段を定めることを目的とする。
 2  この法律に規定する手段は、前項の目的のため必要な最小の限度において用いるべきものであつて、いやしくもその濫用にわたるようなことがあつてはならない。
(質問)
第二条  警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知つていると認められる者を停止させて質問することができる。
 2  その場で前項の質問をすることが本人に対して不利であり、又は交通の妨害になると認められる場合においては、質問するため、その者に附近の警察署、派出所又は駐在所に同行することを求めることができる。
 3  前二項に規定する者は、刑事訴訟に関する法律の規定によらない限り、身柄を拘束され、又はその意に反して警察署、派出所若しくは駐在所に連行され、若しくは答弁を強要されることはない。
 4 (略)

 さて、警察が国民に対して自動車一斉検問をすることができる「法律の根拠」あるいは「根拠規範」が存在すると、読めますか?

*1:2つあわせて課税要件法定主義と呼ばれる。

*2:課税要件明確主義も合わせて、租税法律主義と呼ぶのが通例。

*3:毛利透=大橋洋一「第3章 行政立法」宇賀克也・大橋洋一・高橋滋編『対話で学ぶ行政法―行政法と隣接法分野との対話』(有斐閣、2004年)42頁(初出は、法学教室251号(有斐閣、2001年)によると、「日本では省の設立、所掌事務については法律を要するというのは揺るがぬ通説であり、実務もそうなっています。但し、この通説は比較法的にいって英米仏独すべて省組織を義務的法律事項にしていない点で極めて対照的です。・・・(以下も重要だが、引用省略。)」(毛利発言)。

*4:手ごろな文献としては、参照、松戸浩「6 組織法と作用法」芝池義一・小早川光郎・宇賀克也『行政法の争点 (法律学の争点シリーズ (9))[第三版]』(有斐閣、2004年)16−17頁。

*5:「何人も、外国に移住・・・する自由を侵されない。」