明確性の要請・その4

 昨日の日記の続きというか、事案を変えまして、1月23日の日記で取り上げた税関検査事件(最大判昭和59年12月12日、昭和57年(行ツ)156事件、民集38巻12号1038頁)に焦点を当てまして、明確性の要請の話を。

 この(札幌)税関検査事件は、どちらかというと、1月2日の日記でまとめましたように、表現の自由憲法21条1項)の規制の問題や検閲該当性(憲法21条2項前段)の問題として、初心者の方は勉強されていているので、明確性の要請の問題のところでも問題になるということをご存知ではないかもしれません。




 まず、1月23日の日記でまとめた一般的基準などを再掲。

 (a)徳島市公安条例事件を引用しつつ
 (b)表現の自由を規制する規準が不明確な場合(さらには広汎な場合も)、表現の自由を不当に制限したり、萎縮効果を生む。
 (c)したがって、規制の対象となるかが明確に区別され、それが一般国民の理解において、具体的場合に当該行為が規制の対象となるかどうかの判断を可能ならしめる基準をその規定から読み取れなければならない。

 まあ、この判決では、徳島市公安条例事件を引用しておりまして、昨年11月27日の日記で紹介したようなチャタレー事件での、一般の平均人を超える裁判官の良識で臨床医的態度で判断するとは少なくとも明示的には言っておらず、徳島市公安条例で明示的には述べていない過度広汎規制であるとか萎縮効果にも言及している・・・。
 ところで、昨年11月7日の日記の注3で条文引用していたのですが、一応、現行法で引用。21条1項7・8号のみ。

関税定率法
(輸入禁制品)
第二十一条  次に掲げる貨物は、輸入してはならない。
  七 公安又は風俗を害すべき書籍、図画、彫刻物その他の物品(次号に掲げる貨物に該当するものを除く。)
  八 児童ポルノ児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律(平成十一年法律第五十二号)第二条第三項(定義)に規定する児童ポルノをいう。)

 そのときにも書きましたように、当時は、現在の7号の括弧書きを除いた部分だけが21条1項3号として規定されていました。現在の7号・8号の形になったのは、いわゆる児童ポルノ禁止法が施行*1された後*2ですね・・・。

 話を元に戻しまして、「風俗を害すべき書籍、図画、彫刻物その他の物品」という文言に限定しまして、判決文の紹介という形にします。多数意見は、いろいろな法律を持ち出してますので、簡単に読めそうなところを引用。

 2・・・
 (一) 同法二一条一項三号は、輸入を禁止すべき物品として、「風俗を害すべき書籍、図画」等と規定する。この規定のうち、「風俗」という用語そのものの意味内容は、性的風俗、社会的風俗、宗教的風俗等多義にわたり、その文言自体から直ちに一義的に明らかであるといえないことは所論のとおりであるが、およそ法的規制の対象として「風俗を害すべき書籍、図画」等というときは、性的風俗を害すべきもの、すなわち猥褻な書籍、図画等を意味するものと解することができるのであつて、この間の消息は、旧刑法(明治一三年太政官布告第三六号)が「風俗ヲ害スル罪」の章の中に書籍、図画等の表現物に関する罪として猥褻物公然陳列と同販売の罪のみを規定し、また、現行刑法上、表現物で風俗を害すべきものとして規制の対象とされるのは一七五条の猥褻文書、図画等のみであることによつても窺うことができるのである。
 したがつて、関税定率法二一条一項三号にいう「風俗を害すべき書籍、図画」等との規定を合理的に解釈すれば、右にいう「風俗」とは専ら性的風俗を意味し、右規定により輸入禁止の対象とされるのは猥褻な書籍、図画等に限られるものということができ、このような限定的な解釈が可能である以上、右規定は、何ら明確性に欠けるものではなく、憲法二一条一項の規定に反しない合憲的なものというべきである。以下、これを詳述する。

 〔(二)(三)省略〕

 (四) これを本件についてみるのに、猥褻表現物の輸入を禁止することによる表現の自由の制限が憲法二一条一項の規定に違反するものでないことは、前述したとおりであつて、関税定率法二一条一項三号の「風俗を害すべき書籍、図画」等を猥褻な書籍、図画等のみを指すものと限定的に解釈することによつて、合憲的に規制し得るもののみがその対象となることが明らかにされたものということができる。また、右規定において「風俗を害すべき書籍、図画」とある文言が専ら猥褻な書籍、図画を意味することは、現在の社会事情の下において、わが国内における社会通念に合致するものといつて妨げない。そして、猥褻性の概念は刑法一七五条の規定の解釈に関する判例の蓄積により明確化されており、規制の対象となるものとそうでないものとの区別の基準につき、明確性の要請に欠けるところはなく、前記三号の規定を右のように限定的に解釈すれば、憲法上保護に値する表現行為をしようとする者を萎縮させ、表現の自由を不当に制限する結果を招来するおそれのないものということができる。

 〔(五)省略〕

 3 右の次第であるから、関税定率法二一条一項三号にいう「風俗を害すべき書籍、図画」等とは、猥褻な書籍、図画等を指すものと解すべきであり、右規定は広汎又は不明確の故に違憲無効ということはできず、当該規定による猥褻表現物の輸入規制が憲法二一条一項の規定に違反するものでない

 まとめますと、

  (a)「風俗」という文言は多義的

  (b)しかし、旧刑法で規定されていて、現行刑法上、表現物で風俗を害すべきものとして規制の対象としてのこっているのは175条の猥褻文書、図画等のみ
  (c)関税定率法の「風俗を害すべき書籍、図画」とある文言が、「専ら」という形容詞がついているけれども、猥褻な書籍、図画に限定解釈すれば、明確性に反しない。
  (d)結局、このように限定解釈すると、社会通念にも合致するし、猥褻性の概念は刑法一七五条の規定の解釈に関する判例の蓄積により明確化されているから、広汎・不明確ゆえに違憲無効とすることはできない。



 この点については、伊藤正巳ほか3名の裁判官の反対意見を紹介すれば足りるでしょうか。

 残虐な表現物という場合にそれがいかなる物を包含するかは必ずしも明確でないばかりでなく、憲法上保護されるべき表現までをも包摂する可能性があるというべきであつて、右規定は不明確であり、かつ、広汎に過ぎるものといわなければならない。

(中略)

 表現の自由基本的人権の中でも最も重要なものであることからすると、これを規制する法律の規定についての限定解釈には他の場合よりも厳しい枠があるべきであり、規制の目的、文理及び他の条規との関係から合理的に導き出し得る限定解釈のみが許されるのである。「風俗を害すべき書籍、図画」等を猥褻表現物に限るとする解釈は、右の限界を超えるものというべきであるのみならず、右のような解釈が通常の判断能力を有する一般人に可能であるとは考えられない。さらに、表現の自由を規制する法律の規定が明確かどうかを判断するには、より明確な立法をすることが可能かどうかも重要な意味を持つと解されるが、多数意見のいうように、同号の「風俗を害すべき書籍、図画」等という規定が猥褻表現物の輸入のみを規制しようとするものであるとするならば、右規定を「猥褻な書籍、図画」等と規定することによつてより明確なものにすることは、立法上容易なはずである。この点からみても、表現の自由の事前規制の面をもつ同号の右規定が憲法上要求される明確性を充たしたものであるとはいい難く、これに限定解釈を加えることによつて合憲とするのは適切でない。
 なお、本件貨物が猥褻物に当たるとした原審の判断を前提としても、上告人は前記規定が不明確であり、あるいは広汎に過ぎることを主張して、その効力を争うことができるものというべきである。

 簡単に、ラフにまとめますと、
  (1)文言自体、不明確で広汎。

  (2)合憲限定解釈を施すにしても、表現の自由の重要性・事前規制の側面からすると、規制の目的、文理及び他の条規との関係から合理的に導き出し得る限定解釈のみが許されるので、多数意見の限定解釈は不合理な限定解釈をしていて、憲法上要求される明確性を充たしていない。
  (3)わいせつ物を輸入した上告人にも、不明確・広汎であるという違憲の主張する資格がある。

*1:1999年5月26日公布、同年11月1日施行です。

*2:2005年3月31日公布、同年4月1日施行